
ランサムウェアや国家関与型サイバー攻撃が急増するなか、セキュリティ対策への投資は「任意」から「必須」へと変わりつつあります。官公庁・インフラ・製造業を問わず、あらゆる組織がサイバーリスクにさらされている現在、日本のサイバーセキュリティ銘柄への注目が一段と高まっています。国内のサイバーセキュリティ市場は2025年度に1兆円を超え、今後も年率10〜15%ペースで拡大が続くと見込まれています。攻撃の高度化・多様化が止まらないなか、企業のセキュリティ予算は景気後退時でも削りにくい「守りの投資」として完全に定着しました。この記事では、国内セキュリティ市場で異なる役割を担う6銘柄を、バリューチェーンの観点から詳しく整理していきます。
なぜ今、サイバーセキュリティ関連株が注目されているのか
要因①:サイバー攻撃の件数・被害規模が過去最大水準
警察庁の統計では、ランサムウェアによる被害相談件数は年々増加しており、製造業・医療・物流・インフラなど幅広い業種が標的になっています。一度被害を受けると業務停止・データ流出・信用失墜のリスクがあるため、企業のセキュリティ予算は増加の一途をたどっています。さらに、国家が関与するとされるAPT(高度標的型攻撃)も増加しており、防衛産業・通信・エネルギーなど重要インフラへの攻撃は社会インフラ全体を脅かすレベルに達しています。サイバー被害の経済損失は年間で数千億円規模に上るとも試算されており、対策コストを上回るリスクが経営課題として明確に認識されています。
- 国内企業のセキュリティ投資額は年率10〜15%成長が続く
- 製造業・医療・金融・物流へのランサムウェア攻撃が急増
- サプライチェーン攻撃(取引先経由)が新たなリスクに
- 国家関与型APT攻撃が重要インフラを標的にするケースが増加
- サイバー被害の経済損失が年間数千億円規模に達するとの試算も
要因②:政府・規制当局による義務化・強化の動き
政府はサイバーセキュリティ基本法の改正や、重要インフラ事業者へのセキュリティ基準強化を推進しています。上場企業に対してもサイバーリスク情報の開示が求められるようになり、対策コストの「見える化」が進んでいます。規制対応コストは専門ベンダーへの安定需要につながります。また、経済安全保障推進法の施行に伴い、重要物資・重要インフラを担う企業へのセキュリティ監査が強化される流れも生まれています。政府のサイバー防衛予算は2024年度以降に大幅増額が続いており、官需として安定した発注が見込まれます。
- 重要インフラ14分野へのセキュリティ基準強化
- 上場企業のサイバーリスク開示義務の拡大
- 政府のサイバー防衛予算が大幅増額
- 経済安全保障推進法に基づく重要企業への監査強化
- 自治体・教育機関への標準セキュリティ要件の整備が進行中
要因③:DX推進がセキュリティ需要を構造的に拡大させる
クラウド移行・テレワーク普及・IoT拡大といったDX推進は、企業の攻撃対象領域(アタックサーフェス)を広げます。守るべきシステムが増えれば増えるほど、セキュリティソリューションの需要は拡大します。特に、従来の「境界防御(ファイアウォール中心)」から「ゼロトラスト(すべてを疑う)」モデルへの移行は、既存のセキュリティ製品の全面更新を促す大型需要を生み出しています。中堅・中小企業においても、クラウドサービスの普及でセキュリティリスクが高まっており、MSSPへの外部委託需要が急速に拡大しています。
- クラウド移行に伴うクラウドセキュリティ需要が急拡大
- IoT機器の普及で工場・設備へのサイバー攻撃リスクが増加
- ゼロトラスト・SASE概念の普及で製品更新サイクルが発生
- 中堅・中小企業からのMSSP外部委託需要が急増
- テレワーク定着でエンドポイント管理・認証強化への投資が継続
対象銘柄の位置づけ(バリューチェーン整理)
(A)エンドポイントセキュリティ・グローバルベンダー→ トレンドマイクロ(4704)
セキュリティソフトウェアのグローバル大手で、法人向けエンドポイント保護・クラウドセキュリティ・脅威インテリジェンスを幅広く展開しています。日本発でありながら海外売上比率が約7割に達し、米国・欧州・アジアパシフィックに強固な顧客基盤を持ちます。製品群は単体ソフトから統合プラットフォーム「Trend Vision One」へと進化しており、SOC(セキュリティ運用センター)支援機能の強化でエンタープライズ顧客の解約率を低く抑えています。国内最大のサイバーセキュリティ専業上場企業として流動性が高く、機関投資家が参入しやすい唯一の大型株という立ち位置です。ストック型(サブスクリプション)収益の比率上昇が利益率改善につながるかどうかが注目ポイントです。なお、海外事業比率が約7割のためドル円動向が業績の円換算に影響する点は、投資判断の際に押さえておきたい特性です。
(B)Webフィルタリング・情報漏洩対策→ デジタルアーツ(2326)
WebフィルタリングソフトやメールセキュリティなどDLP(情報漏洩防止)分野に強みを持つ中堅専業ベンダーです。主力製品「i-FILTER」は官公庁・学校・企業への導入実績が豊富で、文部科学省のGIGAスクール構想で全国の学校へ一斉導入されたことで認知度が一気に高まりました。収益モデルはサブスクリプション型が主体で、一度導入されると更新率が高く安定した収益基盤を形成しています。メールセキュリティ製品「m-FILTER」も官公庁・金融機関を中心に導入が進んでおり、メール誤送信防止・マルウェアフィルタリングのニーズをしっかりと捉えています。キャッシュリッチな財務体質を維持しており、配当余力も安定しているため、セキュリティ専業の中でも比較的安定成長を好む投資家に向いているポジションです。業績の確認ポイントは、新規導入件数と既存顧客の更新率・アップセルの進捗です。
(C)脆弱性診断・マルウェア解析→ FFRIセキュリティ(3692)
マルウェア解析・ペネトレーションテスト(侵入テスト)・エンドポイント保護製品(FFRI yarai)を手掛けるサイバーセキュリティ専業企業です。政府・防衛省・防衛産業関連からの受注が多く、高度な技術力を背景にサービス単価は業界内でも高水準に位置しています。自社開発製品「FFRI yarai」は振る舞い検知技術に強みを持ち、未知のマルウェアへの対応力が評価されています。直近の決算では大幅な増収増益を達成しており、成長モメンタムが非常に強い局面にあります。経済安全保障の観点から国産セキュリティ製品への需要が高まるなか、FFRIの技術的ポジションへの評価は一層高まる傾向にあります。高成長期待が株価に先行して織り込まれやすい銘柄のため、四半期業績の上下で株価が大きく動く傾向があります。長期目線での保有が前提となる銘柄です。
(D)ネットワークセキュリティ・認証→ ソリトンシステムズ(3040)
ネットワーク認証・リモートアクセス・電子証明書などゼロトラスト領域に強みを持つ中堅ITベンダーです。官公庁・地方自治体向けにマイナンバー関連認証インフラや個人番号利用事務の認証基盤を多数手掛けており、行政DXの進展が安定した収益をもたらしています。主力の「NetAttest」シリーズはネットワーク認証装置として多くの企業・自治体に採用されており、ストック型の保守収益が業績を安定させる構造です。テレワーク普及に伴うVPN・多要素認証の需要増も追い風で、ゼロトラスト移行の文脈で製品の位置づけが強化されています。財務体質は健全で、利益率の高いソフトウェア・クラウドサービスへのシフトが収益性改善に寄与しています。セキュリティ専業の中では最もバリュー株的な性格が強く、安定配当を求める投資家にも馴染みやすい銘柄です。
(E)クラウドセキュリティ・WAF(SaaS型)→ サイバーセキュリティクラウド(4493)
WebサイトやAPIを守るWAF(Webアプリケーションファイアウォール)のSaaSサービスを提供する新興企業で、「攻撃遮断くん」「WafCharm」などのクラウドネイティブ製品を展開しています。EC・金融・行政サイトなど幅広い業種に浸透しており、導入後の解約率が低いことがSaaS型ビジネスモデルの強みを示しています。AWSのSecurity Competencyパートナーとして認定されており、クラウドネイティブ環境でのセキュリティ需要を直接取り込む立場にあります。2030年度に売上高200億円・営業利益40億円を目指す中期経営計画を公表しており、M&Aも含めた積極的な成長投資を続けています。売上の規模拡大とともに固定費が吸収され、利益率が改善していく構造のビジネスモデルです。四半期ごとの売上成長率・ARR(年間経常収益)の増加が株価の注目指標となります。
(F)秘密分散技術・データ無意味化セキュリティ→ ZenmuTech(338A)
2025年に東証グロース市場へ上場した新興のサイバーセキュリティ専業企業で、「データを守る」のではなく「データを無意味にする」という独自のアプローチで注目を集めています。コアとなる技術は「ZENMU-AONT(All or Nothing Transform)」と呼ばれる秘密分散技術で、ファイルを暗号化したうえで複数の意味のない断片(シャード)に分散保存します。断片のすべてが揃わないと元のデータを復元できないため、仮に一部が漏洩しても情報として成立しない、という仕組みです。
主力製品「ZENMU Virtual Drive」は、この技術をPC内ストレージに適用したエンドポイント向けのデータ保護ソリューションです。VDI(仮想デスクトップ環境)のような大規模インフラが不要で、オフライン環境でも安定稼働するため、導入・運用コストが低い点が中小企業や官公庁に受け入れられています。シンクタンク・コンサル・金融機関・ITベンダーなどへの採用実績があります。
売上の約79%を占める「秘密分散事業」が安定的な収益柱となっている一方、残り約18%を占める「秘密計算事業」にも成長期待が高まっています。産業技術総合研究所(産総研)との共同研究で開発を進める秘密計算ソリューション「QueryAround」は、データを復号せずに分析・演算できる技術で、金融・医療・サプライチェーン管理などへの応用が期待されています。データを「守りながら使う」という次世代のセキュリティパラダイムを体現する技術として、中長期的な市場開拓余地は大きいと言えます。
上場間もない小型株のため値動きは大きく、リスク許容度の高い投資家向けのポジションです。ただし、秘密分散・秘密計算という技術の独自性と、AI時代における「データ活用とプライバシー保護の両立」というテーマとの親和性は非常に高く、今後の事業拡大次第ではテーマ株として一気に注目される可能性を秘めています。成長期待が先行しやすい銘柄の性格上、業績の達成状況が株価に直結するため、四半期ごとの売上推移と秘密計算事業の受注状況を丹念に追うことが重要です。
指標比較:予想PER・PBR・時価総額(2026年4月時点)
各銘柄の投資指標を一覧にまとめました。セキュリティ専業の中小型成長株はPERが高めになりやすい一方、トレンドマイクロのような大型株やソリトンのような安定型は相対的に落ち着いた水準となっています。
| コード | 銘柄名 | バリューチェーン | 予想PER | PBR | 時価総額(概算) |
|---|---|---|---|---|---|
| 4704 | トレンドマイクロ | エンドポイント・グローバル | 約20倍 | 約5.7倍 | 約7,877億円 |
| 2326 | デジタルアーツ | Webフィルタリング・DLP | 約17倍 | 約4.5倍 | 約700億円 |
| 3692 | FFRIセキュリティ | 脆弱性診断・マルウェア解析 | 約103倍 | 約14.9倍 | 約526億円 |
| 3040 | ソリトンシステムズ | 認証・ゼロトラスト | 約14倍 | 約2.5倍 | 約400億円 |
| 4493 | サイバーセキュリティクラウド | クラウドセキュリティ・WAF | 約20倍 | 約3.8倍 | 約170億円 |
| 338A | ZenmuTech | 秘密分散・データ無意味化 | 約26倍 | 約10倍 | 約80億円 |
※指標は参考値です。最新の数値は各社IR・証券会社の情報をご確認ください。
見方のポイント(分析メモ)
- トレンドマイクロは時価総額・流動性ともに最大で、機関投資家が参入しやすい唯一のサイバーセキュリティ大型株。海外事業比率が約7割のためドル円感応度が高く、為替動向のモニタリングが欠かせない。
- デジタルアーツ・ソリトンはサブスクリプション型の高い更新率を背景に業績ブレが小さく、安定成長を好む投資家向けのポジション。GIGAスクール・行政DXという政策追い風が明確で、両銘柄ともPERが相対的に低いのも魅力。
- FFRIセキュリティは直近の業績モメンタムが極めて強く(営業利益365%増)、国産セキュリティという政策テーマも重なっている。PER100倍超という水準は業績期待の高さを示しており、四半期業績を丹念に追う必要がある。
- サイバーセキュリティクラウドは過去の高PERから水準が修正され、PER約20倍と現実的な水準まで下がってきた。2030年度200億円売上の中期計画達成度合いが今後の株価を左右する。
- ZenmuTechは6銘柄中最小時価総額(約80億円)だが、秘密分散・秘密計算という独自技術と産総研との共同研究という信頼性が特徴。AI時代の「データ活用×プライバシー保護」テーマとの親和性が高く、認知度向上に伴う再評価余地がある。
- セキュリティ市場はM&Aが活発なため、買収プレミアムが付く可能性も念頭に置いておきたい。特に小型の専業ベンダー(ZenmuTech・FFRIなど)はその傾向が強い。
- サイバー攻撃の被害事例が大きくニュースになった直後は、セクター全体に買いが入りやすい。こうしたニュースドリブンな動きへの理解も有効。
まとめ:「守りのDX」として確立したサイバーセキュリティ市場
サイバーセキュリティ支出は景気後退局面でも削減しにくい「守りの予算」として位置づけられており、比較的ディフェンシブな成長セクターと言えます。エンドポイント保護から監視・インシデント対応・クラウドセキュリティ、さらにはデータそのものを「無意味化」するZenmuTechのような次世代アプローチまで、バリューチェーンの各段階に異なるビジネスモデルの銘柄が存在しています。
国内市場だけでも年率二桁の成長が続く一方、トレンドマイクロのようにグローバルに展開する企業はさらに大きな市場を取り込める立場にあります。攻撃の手口が高度化するほど、セキュリティベンダーへの需要は増す構造であることを理解しておくと、テーマ投資の視点が安定します。
特に今後注目すべき変化として、「AIを使った攻撃」と「AIを使った防御」の競争激化があります。AIが攻撃側にも活用されることでサイバー脅威の量・質が一段と増す一方、防御側でもAIを組み込んだ次世代SIEMや自動インシデント対応が普及し始めています。こうした技術転換の局面では、既存製品の更新需要と新規ソリューションへの切り替え需要が同時に発生するため、市場全体として強い成長局面となります。
セクター全体を俯瞰しながら、企業規模・収益モデル・成長ステージの違いを把握したうえで、自分の投資スタイルに合った銘柄を選んでみてください。大型安定型(トレンドマイクロ・デジタルアーツ・ソリトン)と小型成長型(FFRIセキュリティ・ZenmuTech)を組み合わせることで、セクター全体の恩恵を受けながらリスク分散を図ることも一つの考え方です。
※本記事は情報整理を目的としたものであり、特定銘柄の売買を推奨するものではありません。投資の最終判断はご自身の責任でお願いします。